10日目(7月19日 土)
ブロワツ郊外 → クラクフ
(下線文字をクリックするとその説明、写真をクリックすると大きな写真に変ります)
今日はアウシュビッツに立ち寄り
クラクフまで200キロ余りの道のりです
殆ど高速利用の為
楽なドライブとなりそうです

何時もよりのんびり準備し
朝食に出かけました
昨夜と同じ食堂ですが
朝の雰囲気に模様替えしています
ナプキンやマットも
可愛い葡萄の柄です
10時前にチェックアウト
先ずは昨日観光できなかった
ブロワツ市内を少しだけ
観光することにします
数分走るともう旧市街に到着
オペラ劇場の近くの
駐車場に車を停めました
此処から旧市街の中心へと
歩いていきます

歩いて直ぐ
旧市場広場に出ました
市庁舎が目の前に見えます
左端の建物が市庁舎

広場の周りには
カラフルな建物が建ち並び
華やかで可愛い街並みです

市庁舎の裏手の方へと
まわってみました

この広場の周りには
多くのカフェが取り囲んでいます
まだ朝が早い為でしょうか
観光客はまばらです
ブロツワフの市内には
至る所で妖精の像を
見つける事が出来ます
200ほどあるそうですが
何処に隠れているか判らない為
見つかった時は嬉しくなります

ゴミ掃除人?

3人の妖精グループ

玉運びをしている妖精
もっとゆっくり観光したかったのですが
あまりのんびりすると
アウシュビッツ観光が出来なくなります
未練は残りますが仕方ありません
そろそろ出発します
市内を出てすぐに
高速道路に入りました
制限速度は140キロ
制限速度をオーバーしていますが
この速度で走っていても
後ろからどんどん追い抜いて行きます
ポーランドでは前に車があると
どんな狭い山道でさえも
必ず追い抜いていきます
サービスエリアがありました
時刻はもう12時過ぎ
ここで休憩します
この国のサービスエリアには
マクドナルドかケンタッキー
それとこの国のファミレスの
3つの内何れかがあります
外のテーブルが空いていたので
軽く食べる事にします

ブロツワフの露店で買った
果物とインスタントみそ汁
そしてパンなどです
朝食の時にホテルで
ポットに入れてもらったお湯で
みそ汁とコーヒーを作りました
果物は完熟で美味しく
そして日本より随分安かった
予定では1時半頃
アウシュビッツに着くはずでした
ところがいきなり大渋滞
車はじわじわ前に進むだけ
何事が起ったのか全く判りません
30分以上もこの状態が続き
やっと原因が判明
料金所での支払いのせいでした
日本の3倍も時間をかけた
のんびりした料金受け渡しでした
料金所がある所では必ず大渋滞
到着が大幅に遅くなりそうです
3時前アウシュビッツに到着
車を停めようとしましたが
駐車場が見当たりません
遠く離れた所に広い駐車場を見つけ
車を停め歩いていきます
今度は入り口が判りません
すると林の向こうから
数人の若者が出てきました
林の奥へと歩いていくと
大きな広場に出ました
バスや車が何十台も停まり
人も大勢います
ここがアウシュビッツの駐車場で
前方の建物が入り口でした
ナビの指示を間違えた為
私達が駐車した場所は
アウシュビッツの裏側にあたる
1筋南の通りだったのです

受付の建物はかつての
囚人受け入れ所だったそうです
チケットを購入し
敷地の中に入りました
広い敷地の向こうに建物が並び
手前に有刺鉄線が張られています

正門をくぐり
アウシュビッツ収容所1号
オシフィエンチムへ入ります
門の上には
働けば自由になる
と言う文字が掲げられています
何も疑うことなく
この門をくぐったのです

収容所の周りを
電気の通った有刺鉄線が
2重に取り囲んでいます
此処から中が収容所です

中には28棟の建物群が
整然と並んでいました
その内のいくつかの建物内で
さまざまな展示がされています
受付近くの売店で購入した
日本語の案内書を見ながら
建物の中へ入っていきます

当時の様子を描いたジオラマ
下の部屋はガス室
シャワー室だと信じて
裸になりくつろいでいる様子
上にいる人々は
連れてこられたばかりの人々

別の建物内部の展示物
展示は全てガラス越しで見ます

収容所で取り上げられたトランク
トランクの表には
持ち主の名前が書かれています

何万足もの靴
どれだけ多くの人々が
ここに連れてこられたのでしょう

こちらはブラシ類
その他にも何万トンもの女性の髪の毛や
洋服そして義足までも展示されていましたが
余りにもむごすぎ
呆然として写真を写す事も忘れ
ただただ黙ってみているだけでした
髪の毛はドイツ本国に送られて
織物に加工されたそうです
髪の毛でできた織物も
展示されていました
収容所で着せられていた服
収容所では個人の名前はなく
識別番号が腕に入れ墨されました
別の部屋には
囚人服を着せられた人々の
写真が展示されていました
幼い子供も大勢いて
胸が詰まり正視出来ません

床には暖房用に
わらが敷かれています
最初はここで
寝かされていたようです

その後藁の布団が
あてがわれました

収容所に入れられる人数が
多くなって来たため
3段ベットになりました
相変わらず藁の布団
一段に2人寝かされました

集団トイレ
プライバシーはありません

洗濯所
洗面も兼ねています
敷地内には同じ様な
建物が並んでいます
今日は天気が良すぎ
30度を超えていました
外も暑いのですが
建物内部には冷房がない為
観光客の熱気でサウナ状態
ゆっくり見て回ると
めまいを起こしそうになります

2つの建物の間にある
死の壁と呼ばれる空間
此処で主にポーランド人が
数千人銃殺された
建物内にいる他の収容者に
銃殺を見られないようにする為
窓を黒い板で塞いであります

案内書に書かれてある順序で
有刺鉄線の外に出て
次の場所に行きます
脱走者を見張る監視塔が
敷地の隅々に建っています

外に出て左前方に
土手のようなものが見えました

土手に沿って歩いていくと
入り口がありました
中に入ってみます
ガス室です
天井の梁には
パイプが張られていました
ここから水ではなく
毒ガスが降ってくるのです
信じている人々を
平気でだます
こんな事が出来る人間を
どうしても理解できません

ガス室の隣にある部屋が
焼却炉です
此処で毒殺された
大量の人々を焼いたのです
何の罪もない人々が
いとも簡単に殺されたなんて
あまりにも残虐すぎます
本来はここ1号と
3キロ離れたアウシュビッツ2号
ビルケナウ・ブジェジンカの
両方を見学するつもりでした
しかし暑さのせいもあったのか
気分が悪くなりました
2号の方へ行くのは中止して
このままホテルに行く事にします
余談
その時は
疲れと
気分の悪さで
行く事を
止めました
しかし
両方見るべきだったと
帰国してから後悔しました
2号の方には連れてこられた列車の
引き込み線が残っています
1号と2号の両方見る事により
この醜い負の遺産が
より分かるような気がしました

アウシュビッツから
高速を走って1時間弱
クラクフの町に入りました
想像以上に大きな町です
ホテルは旧市街の中
旧市街に入り石畳の道を
ガタガタ揺れながら走ります
王宮への少し手前で
Hotel Copernicusに到着
この道は駐車できないので
荷物を下ろし車の鍵を
ホテルの係に預けます
彼は少し離れた場所にある
ホテルの駐車場へと
車を運んでくれました

部屋に荷物を入れ
雑用をしていたらもう7時前
今日の夕食はホテルで食べると
最初から決めていました
やはり思っていた通り
大変美味しい料理
満足した夜となりました
クラクフでは2泊の予定です
明日はこの町の近くにある
ヴィエリチカ岩塩坑に行くつもり
午後はクラクフの旧市街を
気の向くまま散策します